|
by raichi_2001 カテゴリ
以前の記事
2011年 12月
2011年 11月 2008年 07月 2008年 06月 2007年 08月 2007年 04月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 07月 2006年 06月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 02月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 2004年 05月 2004年 04月 2004年 03月 2004年 02月 2003年 10月 お気に入りブログ
最新のコメント
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
靴というやつは手ごわい。ファッションの中でも、かなり高度なお洒落テクを必要とする。そのわりに、巷のお店のラインナップはチョイスに乏しく、「今日は買うぞ!」と決めてお店に飛び込んでも、「こういうのではなくて・・・」とか、「ここがこうだったら決まりなんだけどなー」と、どれもしっくり来なくて、手ぶらで帰ってきてしまうことも多い。
だから、通販でいろんなデザインが見られるのは本当に嬉しい。通販の方が、「そうそうこれこれこんな感じのが欲しかった!」と、かゆいところに手が届くデザインを見つけられる確率が高いのだ。たとえばこんな。↓ レディースシューズ通販 通販で気になるサイズ・・・ためし履きをするまで確かめられないのはリスクだけど、たとえ返品になったとしても、まぁそれは靴を探す旅に出た電車賃と時間代ってことで。
今度は友人から、尊敬していた会社の先輩がなくなったときかされる。
家族葬だったらしい。ご家族が「義理で来る人で騒がしいということがなく、気持ちを込めて見送れてよかった」と評価されていたそうだ。もちろん、愛され、信頼されていた故人の人望で、私の友人を含めて家族以外にも参列したかった、お別れをしたかった、という人はいる。そういう人たちが別途集まって、「故人を偲ぶ会」をしたそうだ。家族も招いて・・・。それもまた、美しい、よい会だったのは想像に難くない・・・誰もが故人を思うために来るのだから。もちろん、最後にお顔を見ることがかなわないのはつらいかもしれないが。 葬儀 横浜は、家族葬について得に取り上げているのがいい。お仕着せのスタイルではなく、故人と残された者たちが一番心休まるスタイルを手伝うこと、顧客本位でいいではありませんか。 # by raichi_2001 | 2011-12-15 04:47
前回のお葬式から2週間ほどして、今度は所沢で。
父の知人だったので、父が死んだときのことを思い出した。 父の病は、助からないとわかっていながら進行が遅く、介護生活はいつ終わるとも知れない地獄のような日々だった。でも、ある日、魂が抜けるようにぽくっと逝ってしまった。その瞬間は「あれっ?」という感じだった。 お葬式をしなくては、と思いつつ、何をどのくらい準備すればいいのかわからず、近所の人が使う斎場にお任せしたら、あれもこれもとオプションをつけられて、えらく高くついた。いざはじまってみると「いらないんじゃ・・・?」というものばかり。「まぁ見栄はりのお父さんらしくていいかもね」と笑う程度で済んだのが救い。 葬儀 所沢なんて地域密着のサイトもあるようです。当時こんなのがあったらもう少し段取りよく選べたのかなぁ。なんにせよ、情報はうまく利用したいです。 # by raichi_2001 | 2011-12-15 04:36
越谷で知人のお父さまのお葬式があった。今年は知人から、家族の訃報を聞かされることが多い。そういう歳なのだとわかっているけど、そういう年もあるとわかっているけど、慣れるというものでもなく、ただ淡々と見送るしかできないのだ。
お葬式は、故人を偲ぶ場ではあるけれど、社会の冠婚葬祭のひとつとして、その時期に段取りよくイベントを仕切ることは大事。待ったや延期はなし(苦笑)。 そういう意味で、今回のお葬式はよく仕切られていたと思う。 葬儀 越谷では、地域の斎場やプランを一括して比較することができます。知人もこうしたサイトをきっかけに段取りを決めたらしく「便利な世の中になったね」といってました。映画「おくりもの」で「最後の買い物は他人が決める」という台詞がありましたが、残された者たちが、故人が満足いくようなチョイスをできますように。
越谷で知人のお父さまのお葬式があった。今年は知人から、家族の訃報を聞かされることが多い。そういう歳なのだとわかっているけど、そういう年もあるとわかっているけど、慣れるというものでもなく、ただ淡々と見送るしかできないのだ。
お葬式は、故人を偲ぶ場ではあるけれど、社会の冠婚葬祭のひとつとして、その時期に段取りよくイベントを仕切ることは大事。待ったや延期はなし(苦笑)。 そういう意味で、今回のお葬式はよく仕切られていたと思う。 葬儀 越谷では、地域の斎場やプランを一括して比較することができます。知人もこうしたサイトをきっかけに段取りを決めたらしく「便利な世の中になったね」といってました。映画「おくりもの」で「最後の買い物は他人が決める」という台詞がありましたが、残された者たちが、故人が満足いくようなチョイスをできますように。
友人が亡くなった。彼女は、仏教徒。ご主人はクリスチャン。
生前「夫は私はクリスチャンではないから天国にはいけないというのよ。私には極楽浄土があるのにね。きっと、天国も国別のようなすみわけがあるのかもね。だから夫には、もし私が先に死んだら、迷ってすれ違わないよう、入り口で待ってるから迎えに来て、って言ってあるの。夫が先立っても、そこで待っててくれるって。でも、違う宗派のお葬式はやっぱりなじめないから、身内だけでひっそりやりたい」と言っていた。 彼女のお葬式は家族葬・・・希望通り内輪でひっそりと、でも、心から故人への思いを馳せる、愛に満ちた儀式だった。そして彼女が語ったエピソードを思い出して、悲しいのに少しほっこりしてしまった。 先に行っても待ち合わせ場所が決まっているから、寂しくないね、って。 ご主人も、いつか待ち合わせの場所に現れる。 とはいえ、宗教が違えば儀式が違うので、入り口は違うのだろうか。それが済むまでしばしの別れは仕方ないのかな、などと考えてみる。 キリスト式にも対応可能な八王子市の葬儀なら、きっと、そうした違いもうまくまとめてくれるような気がする。
○年前、生まれて初めてかつ大きな借金をして、マンションを買った。
立地が通勤途上だったので、毎日、出来上がっていくさまを楽しく確認しながら、入居の日を待った。 その内覧会に参加したときの、「ここが私たちの部屋!」という感動と来たら! ・・・と、ここまでは「気持ちの高揚」で片付けられる楽しい話だけど、マンション内覧会とは、何といっても自分のものとなる前に物件がよい上体で施工されたか、を確認すること! 実は、私は建築士。専門家を介さずとも自分でインテリアデザインを施して、事前にチェックポイントを確認し、角の収まりとか壁紙の張り方とか、結構いやらしく、くまなくチェックして、疑問があればすかさず質問した。業者の対応はよく、いくつかの箇所は是正となった。 重箱の隅つつきは良くないけれど、疑問があればすかさず口を開いた方がいい。たとえ賃貸でも、見て「ん?」と気になる場所って、住み始めた後々も、引っかかるものだから。 でも、購入者みんなが細かいところに眼が行き届くかというとそうではない。仮に質問をしても、プロっぽい口調で切り返されればそんなもんかな、と丸め込まれたり。それに、眼に見えない瑕疵までつっこめる人はさすがにそう多くはないでしょう。 「マンションオプション.com」さんは、プロの視点から部屋コンセプトを把握し、適正価格でインテリアプランニングを請け負うのみならず、内覧会において、建築的な観点から「瑕疵」にあたる部分を調査してくれるそうです。マンションを買うとき、こういう業者さんはひとつ抑えておくといいですね。
幸い、私は強い体臭がないようなのですが、私の夫の娘は--まだ8歳ですが--いわゆるわきがで、朝、制汗デオドラントをつけないと、外に出て「ぷぅ~ん」と強烈な匂いを放つことになります。
夫は娘が小さいころから、ずばりと「オマエは”わきが”だから、ひとの数倍、体臭には気を使わなければダメだ。外出前には必ずデオドラントをつけるように」と諭してきたので、彼女は自分がそうであることを認識している様子。 その甲斐あってか、おかげさまで、他人から体臭を指摘されることはまだありませんが、もしそういうことになれば、その方に既に不快な思いをさせている、ということになりますから、できれば避けたいものです。 とはいえ、これは体質的なものであって、悪い病気とかではありませんから、いたずらに彼女が気にしすぎたり、心無い周囲に(もし、いれば)からかわれたりするのもどうかと。 今はまだ子供で、将来どうなるかはわからないけど、あまりひどくなるようなら手術もアリかもね、と話しています。
私は、親元から遠くはなれて住んでしまいました。そして夫が別の宗派であることから、自分のお墓についてはまだ考える余地がありません。
でも、そんな娘を持った親は、諦めてか?永代供養墓をはやばやと購入しました。 娘がいながら、親が自分で自分の後始末をするというのもなんとも味気ない話だけど、これは、「誰も墓守をしてくれない不安」と同時に、「子供に、将来的にいらぬ負担をかけるまい」という、親の気遣いでもあるのだろう、と解釈しています。 別に、永代供養墓、を購入したから、私が墓守をしなくてもいい、ということでは全然ないのだし(もちろんお参りするよ、おかあさん)。 私が子供の頃は、まだそれほどでもなかったけど...。 数年前にお墓参りに行って「墓地も住宅難なのだ」と実感しました。1区画づつではなく、縦積みにされた、集合住宅のようなお墓。それでも、これからももっと住宅難は厳しくなる事は容易に想像できます。私達が死ぬ時に、そもそもお墓として居場所を確保できるのでしょうか? そんなことを考えた時、お寺さんの中に住まわせていただけたら、私の魂もきっと安らかに眠れるかもしれない、そんな思いもかんがみれば、永代供養墓は、現実と心の、両方の不安を救ってくれるものなのかもしれません。
マンション、私は買うなら新築派。
できれば、建設中から、いずれマイホームとなる物件と、その近隣を見定めて、入居する日を夢見たいものです。 そのエキサイト感は、戸建を買うのとなんら変わりないはず。 新築の部屋にすむメリットといえば、やはり、「まだ、誰の匂いもしないまっさらの部屋を、”私色”に染められる」こと、でしょうか。それとマンションなら、一軒家なら全て自己責任になる、物件管理の負担・義務をシェアできること。 さらに新築マンションにすむ醍醐味といえば・・・。 やはり、建築当時から関わることにより、建設や管理の経緯、問題(もしあれば)などを、イチから把握できることだと思います。そして住民の間には「先・後」といったヒエラルキーが少なく、フェアな「はじめまして」の状態から、共同管理業務をスタートできる、というメリットも。 新しい生活を新しいマンションで・・・。 なんだか生まれ変わったような、家に帰るのが楽しくなるような毎日が待っていそうな気がします。
| |||||||